好きな子が部屋にこもっていたら、心配になるだろう?

 だから俺達の行動は当然なんだ。正解なんだ。

 たとえそこに誰がいようとも。
 





アナザーシナリオ。      




 

 
 「あぁ・・・だから入ってきちゃダメだって言ったじゃないですか・・・」

 
 ソファに座ったジョルノが、少しだけ腰を浮かせてこちらに心配そうな視線を送っている。

 俺は床に突っ伏したミスタをそっと跨ぎ、ジョルノの部屋に踏み込んだ。
 真っ向から攻撃を受けたミスタは全身から煙を出し、ブスブスと鈍い音を立てたまま気絶している。
 アバッキオは部屋には入らず、怪訝なまなざしで部屋を覗き込んでいた。その横からフーゴがおそるおそる顔を出している。
 フーゴの右手は、部屋に飛び込もうと勢いづくナランチャを押さえつけている。
 俺は両手を軽く上げ、強盗にするかのような姿勢で「害は与えない」のポーズをとった。
 しかし相手は容赦なしに再び手をかざしてきた。
 
 「ちょっと止めて下さいよ。この人達は僕の仲間なんですよ。」

 俺は、ジョルノと、招かざる訪問者を見比べ、問うた。

 「ジョルノ、こいつはいったい誰なんだ。」

 ジョルノは少し困った顔をこちらに向け、一言答えた。

 
 「僕のパードレです、ブチャラティ。」



 
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 奇妙な構図になってしまった。

 1階のリビングに場所を移し、とりあえず各自腰掛けたはいい。
 俺は横目でその男の顔をチラチラと確認する。
 アバッキオとフーゴは少し離れたソファで、未だ失神しているミスタの介護にあたりつつ、こちらの様子を伺っている。
 あのナランチャですら、なんとなく黙ることを選択しているようだ。
 気まずい空気が流れる中、ジョルノがカフェを持ちキッチンから姿を現した。

 「どうぞパードレ」

 手際よく自分と父親、俺の分のカフェをテーブルに置くと、何事もないかのようにジョルノは俺の隣に腰掛けた。
 俺はカフェには手をつけず、カフェをすするジョルノに目線で「説明しろ」と促す。
 俺の視線に気がついたジョルノは、ため息を吐くとカップをテーブルに置いた。
  
 
 「僕、この前ジャポネに行ったじゃないですか」

 「ああ」

 1週間ほど前、承太郎という男が突然訪問してきた。
 そしてその日のうちに、ジョルノは彼に連れられ海を渡ったのだった。
 しかし、わずか1週間足らずでジョルノは帰ってきた。
 俺はもちろん、皆喜び、その日は町一番の高級レストランを貸切り6人で朝まで宴会を開いたのだ。
 朝方戻った俺達は、各々の部屋に何かに呼ばれるかのように散り、日がすっかり傾くまで惰眠を貪った。
 皆がリビングに一同に会したのは午後7時。日は沈み、月が煌々と光っていた。
 が、いつもは一番の早起きであるジョルノの姿がない。
 心配になり、部屋を訪ねると鍵がかかっている。
 どうやら中にいるらしい事はわかるのだが、呼びかけても返事が無い。
 身体を壊したかと、心配した皆がジョルノの部屋の前に集まった時、中から「ドンドン!」という大きな音が聞こえた。
 
 『どうしたジョルノォオォ!!!!』
 
 そしてドアに体当たりをかまし、強行突破を試みたミスタは、ふりだしの通り黒こげにされてしまったのだ。
 この、DIOという名の男、ジョルノの父親に。


 「URWYYYYYYYY」

 「ああもうはいはい、パードレ威嚇しないしない」

 慣れた手つきで、歯茎が見えるほど硬く食いしばった歯の隙間から威嚇のうなり声を上げる父親を、ジョルノはなだめる。
 そして再び、俺の方に向き直ると

 「そのときについてきちゃったらしいんですよね。」

 「は?」

 「あ、憑いてきちゃった、の方がいいですかね。」

 「言い直さんでよろしい!!!」

 肩をすくめるジョルノに、俺は小さな声で聞き返す。

 「つっ・・・つまり、お父上は幽霊と・・・・」


 ガッターーーーーーーン!!!!!!!!!


 俺が言い終わるか終わらないかのその瞬間、目の前のテーブルが激しい音を立ててひっくり返された。
 当然俺は驚いたが、幹部ならではの瞬発力を以ってして、なんとかボーンチャイナのカップを死守した。
 気がつけば、ジョルノは平然と立ったままカフェを口に運んでおり、その左手にはしっかりと同じくボーンチャイナ製のコーヒーポットが握られていた。
 テーブルをひっくり返した張本人であるジョルノの父親は、怒り心頭の面持ちで雄たけびをあげた。

 「ジョルノ!!!!貴様このDIOの息子とあろうものが茶汲みなど!!!!!!!!!」

 どうやらジョルノがカフェを淹れたことが気に食わないらしい。
 俺はジョルノとこの父親を交互に見比べたが、ジョルノの無表情は変わらぬままだ。
 
 「貴様ァァァ!!!!!我が息子に顔が近いわァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」

 気がつくとDIOはその指を俺に向けていた。
 どうやら怒りの矛先は俺にも向けられたらしい。
 先ほどジョルノに幽霊なのか否か確認しようとしたことが気に食わなかったのか。
 怒りに満ちた瞳が俺に殺意を込めた視線をぶつけている。
 本来ならばケンカを売られたと判断し、スタンドを出すのだが・・・いかんせん、この男はよりによってジョルノの父親なのだ。
 何も答えぬジョルノと、判断に迷い腰が引けている俺に、DIOの怒りは頂点に達した。
 
 URWYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!!!

 まるで柄の悪い鳥の泣き声のような、鋭い雄たけびが空気を裂く。
 おそらくこの状況を打破できるのは息子のジョルノだけのはず・・・・
 が、当の本人は表情を変えず、カフェをちびちび味わっている。
 その顔つきから、どうやら「とてもめんどくさい」と思っているようだ。
 遠くでアバッキオとフーゴが硬直しているのがわかる。
 ナランチャに至っては呼吸すら止まっているのではないか。
 
 どうしろっていうんだ!!!

 俺も負けじと絶叫したくなった。

 その時、それまで無表情で傍観を決め込んでいたジョルノが何かに気がついた。
 その瞬間、その碧眼は、大きく見開かれた。



 「パーーーーーーーードレ!!!!!!!!!!!!」

 
 DIOの雄たけびを打ち消すほどの絶叫が爆発した。
 突然のことに、DIOのURWYYYYYが途切れた。
 こんなにも大きな声を出すジョルノを見るのは初めてで、俺もたいそう面食らった。
 背後で、フーゴやアバッキオ、ナランチャの驚愕が伝わってくる。
 いつもは冷静沈着で賢いこの少年に、こんな大声が出せるなんて。

 そのジョルノの肩は怒りでふるふると震えている。
 怒りに震える声をおさえつつ、ジョルノはゆっくりと言葉を搾り出した。
 指差す先に、割れたカップが見える。

 (あぁ・・・) 

 それを見て俺も泣きそうになった。

 
 「パードレ、あれはボーンチャイナなんです・・・6つセットでカップをそろえて・・・い・・・いくらしたと・・・」

 「URWYYYYYY!!!!!このDIOには無関係なこ・・・・」


 
silenzioso!!!!!!!!!!!」 (黙れ!!!!!)

 ボーンチャイナは、ジョルノのお気に入りだ。
 
 かつて覇王と噂されたDIOを黙らせたジョルノの背後に黒い影が見える。
 怒りでつりあがった瞳、その口から「URYYYYYYY.....」という唸りと白い煙が漏れている。

 ああ、親子なんだ。と、俺はいやに冷静に思った。


 (もう、今日は何が起こっても驚かんぞ俺は・・・)

 人はその許容範囲を超えるショックを与えられると、感覚が麻痺してしまうという。 
 URWYYYYYという不協和音を出しながら互いににらみ合うこの親子を眺めながら、俺はそうぼんやりと思った。
 が、その時



 ばたーーーーん!!!!!



 誰かがドアを蹴破るかの如く大きな音を立て、乱入してきた。
 
 (誰か俺にジョルノと二人の平穏な日々をくれ!!!!!!!)

 心の中で絶叫しつつ、勢いよく振り返ると、そこには



 「てめぇ!!!DIO!!!こんなとこにいやがったか!!!!」



 1週間ほどに見た顔がそこにはあった。
 
 「承太郎さん!」

 ジョルノの声に、男は帽子の鍔をきゅっと握り、一瞥する。
 そしてその鋭い視線をギラリとDIOに向けた。
 
 「てめぇどうやって憑いてったんだ!」

 睨みつける承太郎に、DIOはふいとそっぽを向いた。

 「俺様は行きたいところに行くのだ。誰の指図も受けん!ましてや貴様などの!」

 ・・・気のせいだろうか。DIOを取り巻く空気が、和らいだ気がしたのは。

 承太郎はジョルノに近寄ると、

 「すまない。お前には毎回迷惑をかけるな」と言った。

 「・・・僕はそれより、承太郎さんに申し訳ないですよ。」

 初めて対面した父親のあまりのイキっぷりに、若干ショックを受けているようにすら見えるジョルノは、ちらりと承太郎を見上げた。
 承太郎は何のことだかわからないという表情を浮かべると、再びDIOに向き合った。

 「おいこら、帰るぞ。」

 「DIOはまだ帰らんぞ。しばらくここに居ることにしたのだ!!!フハハ!!!」

 参ったか、と言わんばかりに胸を張り、承太郎の発言を全否定したDIOは高々と笑い声を上げる。
 
 俺は心の中で「それは困る!!!!!!」と全力で叫んでいた。
 背後にいるアバッキオやフーゴの内なる声も同時に聞こえてくるようだった。

 ジョルノの父親だから、それはつまり俺の将来の父親になるお人だから、ここに居座ると断言されたら無下にはできない・・・しかし・・・・!!!!

 柄にもなく、俺はテンぱっていた。



 ハァー。

 承太郎はそんな俺達にお構いなしで、一息大きく息をついた。
 ぼりぼりと頭をかき、小さな声で「やれやれだぜ・・・」と一人ごちる。
 そして一歩、二歩とDIOの元に歩み寄り、


 「帰ろう」


 DIOを、懐に押し込んだ。







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 「承太郎さん、まさかホントにあそこで逢引してるとは思わなかったなぁ・・・」

 淹れなおしたカフェを再び味わいながら、感慨深そうな表情を浮かべジョルノは呟いた。
 「あそこ」がどこだか知らないが、あのDIOが帰る場所と言うのなら十中八九墓場だろうか。
 立て直したテーブルにかけた俺は、ゲッソリと疲れた表情でジョルノを見つめた。

 

 嵐のように来て、嵐のように去っていった。

 
 
 ぎゃぁぎゃぁと挙動不審なDIOを見事に扱いこなしている承太郎は、DIOの言動にただ「ああ、ああ」と繰り返した。
 そしてそのままDIOを抱きかかえて、この部屋を去ったのだった。
 何より偉大だったのは、意味不明なことを騒ぐDIOへの愛情がひどく真剣なものであったこと。
 
 

 ドアから出てゆく瞬間、DIOがジョルノを振り返りつつ「やはりこのDIOの息子ッッ!!覇王の匂いがするッッッ!!!」と笑うと、
 承太郎は口元に笑みを浮かべながら「ああそうだな、でもお前が一番美人だ」と囁いた。
 DIOは「フンッッ!当然だ!!」と胸を張り、承太郎は再びおかしそうな表情を浮かべた。



 その男気、寛大さ、懐の深さ、そして愛情の深さに、ジョルノ以外の男達は危うく涙しそうになった。

 

 
 
 嵐の去った後のアジトはひどく静かだった。


 
 
 俺は乱れた黒髪をかきあげると、大げさなため息をひとつついた。


 「なんです?」
 
 そんな俺に、ジョルノが怪訝な表情を向ける。
 
 「いや、さすがはジョルノのお父上だと思ってな・・・」
 
 今更、先ほどの非現実的な状況が信じられず、思わず苦笑してしまう。
 ジョルノは再び肩を上げ、「疲れますよ、まったく」と言いたげにため息をつく。
 
 見上げた空は白み始め、朝を告げる。
 徐々に輪郭を映し出す町並みを、ジョルノはぼんやりと見つめた。
 

 













 『どうして、ジャポネでパードレに会わせてくれなかったんです?』

 あの後、ジョルノは承太郎を空港まで送った。
 DIOは日の光がダメらしく、今は姿を消していた。
 承太郎は少し考えた後、何かを思いついたかのような笑みを口元に浮かべた。
 そして正面を向いたまま、低く、しかし通る声で言った。

 『俺も最初はそのつもりだったんだ。会いたいと言い出したのはDIOだったからな。』
 
 『パードレが?』

 『ああ』

 承太郎はなぜか楽しそうだ。

 『あいつがそう言うから、イタリアまでお前を迎えに行った。あいつが飛行機に乗れると知らなかったから、俺がな。』

 『・・・』

 『覚えているだろう、お前がジャポネで一晩だけすごした夜。
 お前も知ってる通り、DIOは昼間は活動できん。だからあの晩会わせようと思って呼びに行ったんだがな・・・』

 ジョルノは昼間に承太郎が連れていってくれた、墓標を思い浮かべた。

 『そしたら・・・』

 怪訝な表情を浮かべるジョルノが見つめる視線の先、承太郎が必死に笑いを堪えている。
 小さく、くくっと篭った笑みをこぼすと、小さな声で呟いた。

 『・・・あいつ、出てこねぇんだよ。テレてんだ。』

 『・・・・ハァ?!』

 ジョルノの間抜けた反応が大いに気に入ったらしい承太郎は、今度こそ噴出した。
 拳で口元を隠し、ジョルノから顔を背け必死に堪えてはいるものの、その肩は震えている。
 承太郎の言葉をうまく理解できないジョルノは、自分の膝を見つめたまま、しばらく黙っていた。
 しばらくして、ジョルノが恐る恐る承太郎を伺う。

 『・・・というか、そんな事僕に言っていいんですか。後からパードレと大喧嘩になりますよ。』

 『あ、ああ』

 やっと笑いがおさまったらしい承太郎は、未だ残り笑いを口元に浮かべたまま言った。


 『いいんだよ、たまにはあいつにもお仕置きが必要だからな』

















 






 「でも僕は少し安心しました。先に僕が死んでもいいんですね。」

 
 承太郎とのやりとりを一人ぼんやりとリプレイした後、ジョルノは誰に問わずともしれず、呟いた。


 「なに?」

 突然の言葉に、俺は一瞬遅れて反応する。
 ジョルノはまだ、窓の外をぼんやりと眺めている。
 言葉を続きを、俺は待った。


 「だってあの人の息子だから、きっと死んでも側にいられますよ。」


 ・・・なんだと??

 柄にもなくクサイ台詞をジョルノが吐いた。
 俺は驚きを隠せないまま、ジョルノの横顔を凝視した。
 

 「・・・あんまり見ないでください。セクハラですよ。」


 俺の顔に手をかざし、そっぽを向いたジョルノの頬が赤く染まっているのを見て、俺は承太郎の気持ちがわかった気がし、思わず微笑んだ。
 
 











 

 「・・・て、事はジョルノを娶る時にはあの父親に『息子さんを下さい』って言うのか・・・」


 
 静けさを打ち破り、ポツリと呟いたのは、全身火傷で目もうつろなミスタだった。



 


 その瞬間、俺達全員の顔が、真っ青になったのは言うまでもない・・・・。









 fin.




 URWYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!
 承太郎はDIOの扱いがうまいといい。





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