奇妙な噂が流れている。 「ジョルノ、聞いたかよ!ブチャラティに女の影!」 驚いたのは、その声の大きさなのか、それともその内容なのか。
「お前何やってんだよー」 「あっ、ああ、すみません」 落ちた書類を、ミスタが呆れ顔で拾い集める。 「突然声をかけられて、驚いてしまいました」 わざわざそんな事を言うのは、言い訳以外のなにものでもないのだが。 ミスタはそんなジョルノの様子に気がつくわけもなく、「そうか、悪かったな」と明るく返した。 「・・・で、」 「おう、そうなんだよ!」 書類を両手に立ち上がりながら話の続きを促すと、ミスタはとたんに表情を変えた。 この顔は、楽しくてたまらないと言わんばかりの『イタズラ小僧』の顔だ。 ミスタは「内緒だぜぇ〜」といいながら、ジョルノの耳元にそっと近づく。 その口元にはこれからジョルノが飛び上がる程驚くことを期待する笑みが浮かんでいる。 「俺もさぁ、さっき街中で知らねえバァさん達の井戸端会議を聞いちまっただけなんだけどよ。これがどうもホントっぽくて。」 「はぁ」 老若男女問わず人気のあるブチャラティだ、近所のバァさん達から噂されることだってあるんだろう。 「どうやらブチャラティ、女がいるらしいんだよ。それもかなりのアツアツぶりでさ。」 「へぇ・・・」 ジョルノのつれない返事が気に食わなかったのか、ミスタは少し怪訝な表情を浮かべる。 『なんだよ、あのブチャラティが[アツアツ]、だぞ?』と念を押したくてたまらなそうだ。 「アツアツだなんて、どんなことをそう呼ぶんですか」 いたって冷静なジョルノは、気を紛らわすかのように、手元の書類に目を通しながら問いかける。 もちろん、文章なんか読んじゃいないのだが。 ミスタは再びニヤリといやらしい笑みを口元に浮かべると、右手で口を覆い、小さな声で 「それがよぉ〜なんでもその女の頬に大分長い間キスをしてたって話だぜ。公衆の面前で!」 なるほど、ブチャラティらしくない。 他人に害を与えることを何より気にする彼が、他人の視線を物ともせず公衆の面前でキスだなんて。 いよいよ胃が痛くなってきた。 気のせいかもしれないが、頭もふらふらする気がする。 無意識のうちに、手に力が入る。手の中で無力な紙束が小さな悲鳴をあげた。 ミスタはこの話題に相当熱が入っているようで、ジョルノの様子にはまったく気がつかず話を続ける。 「その様子を見てたバァさんがいたらしいんだけど、ブチャラティの方から迫ったらしいぜ。」 「相手はな金髪碧眼だってよ!絵に描いたような美女らしいぜ! ったくよぉ〜〜ブチャラティも隅に置けねーよな、あんなクールな顔してよぉ」 「その後も二人して電車降りてよぉ、追いかけっことかしてたって話なんだけど・・・ブチャラティが『追いかけっこ』って!」 ブチャラティの追いかけっこを想像したのか、ミスタは「ぷっ」と吹き出した。 ジョルノにいたっては、気のせいか少し遠い目をしている。 そんなジョルノに、ミスタは最後のとっておきだと言わんばかりに、先ほどより一段声を落として 「でよぉ、バァさんの一人がブチャラティに確認したらしいんだよ、本人に!」と囁いた。 「まぁ俺もその話を又聞きしただけだから、やっぱ噂には違いねーんだけどよ。」 そう言いつつ、間違いなくこの後ブチャラティにミスタ自身確認しにいくつもりだ。 『水くさいぞブチャラティ!』と彼に絡むミスタの姿が安易に想像できた。 「そしたら、ブチャラティちょっと迷ったらしいんだけど、認めたってハナシだぜ!!」 その言葉に、ジョルノの手の中の書類はいよいよその原型を失ってゆく。 金髪の陰に潜められた瞳は、何か苦いものでも噛んでしまったかのように歪められていた。 さすがのミスタもこの様子に気がつき、「お、おいどうした?気分わりいか?」とジョルノの背中をさすった。 「いえ」 軽く右手をあげて心配ないんだという素振りを見せると、ジョルノは真顔でミスタを見つめた。 「ブチャラティが認めたんですか」 切羽詰ったかのようにすら見えるその表情に、ミスタは少したじろいだ。 ブチャラティとの間に何かがあったんだろうかと、思わせるくらいに真剣なまなざしだ。 「ま、まあそのバァさん曰く、だけどな。相手の名前も言ったらしいし・・・」 「誰ですか」 いまやジョルノは少し身を乗り出し、ミスタの両腕をつかんでいた。 その様子に若干奇妙さを感じたミスタは、一瞬言うのをためらった。 言ったが最後、その相手の命を売ってしまったかのような気持ちになりそうだったからだ。 しかし最終的には、この15半ばの少年の真剣な瞳に負けた。 「アールノ、って」 「えっ?」 「アルノ・・・わりぃ、俺もうまく発音できねぇ。純粋なイタリア人じゃないらしいんだ」 困ったように頭を掻くミスタの腕から、するするとジョルノの手が離れる。 「ブチャラティがそう言ったんですか。その・・・アールノが恋人だって。」 「あ、あぁ、そうだな・・・バァさん達騒いでたぜ。『ブチャラティは私の孫の旦那にする予定だったのにー!』っ て。」 ちらりと上目遣いでジョルノを見やると、ミスタは息を呑んだ。 目の前のジョルノは、今まで見たこともないような顔をしてたたずんでいた。 呆けていた、と言うべきか。 落ちそうなくらい見開かれた青い瞳に、うっすら開いた薄い唇、 いつもは威嚇するかのようにつりあがった眉毛も、腑抜けたように垂れ下がって。 そしてなにより、うっすら上気した頬。 まるで誘っているかのような無防備な表情に、ミスタはごくりと喉を鳴らした。 (おいおい、なんだよジョルノ色っぺーじゃねぇか、まさか俺のこと誘ってんじゃ・・・) そんな淡い期待もむなしく、ジョルノは再度ミスタにつめより、 「ブチャラティは他になんて?」と、見当違いな質問を投げかけた。 「ほっ、他にィ??そうだな・・・でもとにかくバァさん達曰く『でもあんなに幸せそうな顔されたら、ねぇー当てられちゃったわぁ。』って。 なんでもブチャラティのやつ、『そうです、俺の大切な人です』って答えたらしくてさぁ。 くっさいよなー言うことが・・・ってどうしたジョルノ?」 ミスタの言葉をさえぎるように、ジョルノの堪え笑いが口元からこぼれる。 ジョルノはおかしそうに、でもなぜか少しうれしそうに、右手をあげると、 「ええ、それとっても面白いですね。いい事聞きました、ありがとうミスタ!」 そう手短に礼を言うと、小走りにその場を走り去った。 曲がり角に姿が見えなくなるまで、ジョルノの肩はずっと震えたままだった。 まったく状況がみえないミスタは、その後姿を見送りながらただ呆然と立ちすくんでいた。 「あいつがそんなにウケるとこ見るの初めてだ。。。」 愛らしい笑顔を浮かべる金髪碧眼の美少年に、ミスタの頬がじんわり赤く染まった。 「ハルノ、と読むんです。」 「h・・・アールノ?」 「ハ、です。イタリアにはない発音ですからね。言えなくて当然です。」 「h・・・アルノ、が、ジョルノの本名なのか?」 「そうです。一応、幹部のあなたには伝えておいた方がいいかと思いまして。」 「そうか・・・わかった。」 アルノ。 『僕の大切な人なんです』 ほんとの、うその、うそは、ただのゴシップ。 金髪碧眼の可愛い人が、あのブローノ・ブチャラティにはいるらしい。 アルノという名前の、美しい人が。 fin ハルノって名前はいったいメンバーのうち誰が知ってるんでしょう。 幹部だけは知ってそう。 そういうのって萌える。 |