「なあ、ジョルノ、今少しいいか」 「ああ、ええ、はい」 『いいですよ』と答えたにも関わらず、ジョルノは目の前のものに夢中だ。 受け流すだけの返答に、ブチャラティは深くため息をついた。 が、すぐに顔をあげ、ジョルノを見つめる。 テーブルの上でスプーン片手に奮闘するその横顔は、15の少年そのもので。 (ますます俺はヤキがまわってる) そう思った。 長々と話しても、今のこいつには伝わらないだろうから、用件だけ、簡潔に、ひとこと。 「お前に惚れてるんだ」 そう言った。 「ええ、なるほど、わかりました・・・・あっ・・・んむっ!」 スプーンから滑り落ちるその瞬間、口に放り込む事に成功したジョルノは、 その甘くとろける舌触りに恍惚の表情を浮かべた。 (さすが、生乳プリンッ!!プッチンプリンとはわけが違いますね・・・・) はふーと、幸せな吐息が漏れる。 しばらくして、先ほど声をかけて来た人物が立ち去る気配に気がつき、 しまった、という表情でそちらを向いた。 ・・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・え?」 一足遅れて意識に先ほどの言葉が届く。 理解はうまくできなかったが。
「チーズと、ヴィネガー、セロリ・・・・」 がさがさと、紙袋をあさり、丸い物体を手に取り、眺める。 360度あらゆる角度から眺めるそれは、太陽の光を浴びてその真赤に輝く。 「・・・トマトっと」 我ながら、トマトの選択が素晴らしいと言いたげに、満足な吐息を吐いた。 丸々とした紅い夏の果実を紙袋に戻し、ジョルノは本日の買出しが終了したことを一人確認した。 (今日はいいスズキが手に入ったから、今夜はムニエルだな) 冷蔵庫にあったバターは、先日フーゴが市場から仕入れてきた、地元牧場の生乳の逸品だ。 グルメな同僚を持つと有難いものだと、ジョルノは顔が緩んだ。 あのバターと組み合わせれば、さぞかし今夜のディナーは素晴らしいものになるだろう。 生乳・・・その単語に、昨日食べたプリンの味が蘇る。 あれも実はフーゴが仕入れてくれたものだった。 『ジョルノが好きなんじゃないかと思って・・・』 なぜかオドオドと差し出されたビニール袋を受け取ったとたん、フーゴはそそくさと逃げるように立ち去った。 あのプリンは美味しかった・・・・ はふー。 あの夜と同じ、幸せなため息が漏れた。 そこで、さくさくと進む足がぴたりと止まる。 『・・・・お前に』 あの夜から、何度もリプレイされるあのフレーズ。 『お前に、惚れてるんだ』 「・・・・・・・・・・・・・・」 「ママー、あのおにいちゃん顔真赤ー」 「し、指さしちゃダメよ」 すれ違いの親子の会話に、ギョっとする。 ショーウィンドウをおそるおそる見ると、確かに頬が真赤に染まった自分が立っていた。 非常に情けないツラをして。 (いやいやいや、違う違う。もう夕暮れ時だから、顔が赤いのは当たり前!!) 邪念を払うかのように、激しく頭を振る。 そのまま、何かから逃げるかのように自然と早くなる足取り。 背後に紅く燃え上がる夕日のせいにしても、頬を焦がす熱の言い訳にはならなかった。 (僕の、聞き間違いだ。きっと、ああ・・・もう、ブチャラティが変なこと言うから) こんな夜はプリンを食べるに限る。 風呂上りのプリンに思いを馳せて、必死に頭を占めるその人物を締め出そうとした。 しかし。 「ジョルノ」 「−−−−−−−−!!!!!!」 せわしない足取りが、とたんにピタリと止まる。 ジョルノの背筋は、まるで銅版を仕込んだかのようにまっすぐに伸びた。 真っ青なサファイアは思い切り見開かれ、たった今目の前に現れた人物を凝視していた。 「・・・買出しか、ご苦労だな」 目の前に立ち尽くす彼は、夕日を浴びて、スポットライトの下の主人公のようにそこにいた。 真っ白なスーツを、真赤に染め、まぶしそうにジョルノを見ていた。 「ブッ・・・ブチャラティ、どうして」 「ああ、いや・・・俺はパトロールで」 そうだ、そうだ。 ジョルノは馬鹿馬鹿しい質問にかぶりをふった。 昼頃、ブチャラティは「パトロールに行く」とアジトを後にしていたのだ。 そして自分はそれを見ていた。 しっかり見ていたのに。 「あ、そうでしたね・・・お疲れ様です」 無意識に早口になっている事に、ジョルノは気がつかない。 抱えた紙袋を、ぎゅっと抱きしめる。 その様子に、ブチャラティが手をさしのべた。 「重そうだな、持とう」 「っ!!!」 思わず、後ずさる。 ひどく自然に返したこの反応に、一瞬にしてブチャラティの顔に影が落ちた。 我ながら、酷い仕打ちだと思う。 なぜ自分でもそのような反応をしてしまったのかが、わからない。 ジョルノは言い訳をしようと口を開いたが、混乱する脳みそではろくな言い訳も思いつかず、口ごもった。 微妙な空気のまま、差し出した手をぎゅっと拳にし、ブチャラティは困ったような表情を浮かべた。 違う、違うんですブチャラティ。 単純なセリフを口に出す事もできず、ぱくぱくと酸素を求める魚のように声にならない声を上げる。 「あっ」 「?」 突然声を上げるジョルノに、ブチャラティが顔を上げる。 「そっ、それなんですか?なに買ったんですか?」 両手がふさがっているため、下品とはわかっていつつも顎でブチャラティの左手をさす。 彼の左手には、ビニール袋がぶら下がっていた。 「ああ、これ」 そういえばこんなものもあった、と言わんばかりに緩慢な仕草で、ブチャラティは左手を上げた。 ビニール袋を、苦々しく見つめたあと、小さな声で 「プリン」 「え?」 「いや・・・お前、生乳のプリン好きだろ、食うかと思って」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 なんで ぼくは大馬鹿ものだ なんで なんで なんでですか、ブチャラティ そんな馬鹿げた質問、答えなんか知ってるくせに ブチャラティ、ぼく 「ジョルノ」 ブチャラティ、なんでそんな顔してるんですか。 普段は温厚かつ冷静沈着な我らが幹部。 そんな驚いた顔して、どうしたんですか。 「ジョルノ、お前・・・・」 なんですか、一度に全部言ってくださいよ、面倒ですね。 そんな無駄な時間を使わないで下さい。 なんなんですか、なんなんですか。 ブチャラティ あなた顔 「お前顔」 (真赤ですよ・・・) 「真赤だぞ」 夕日に照らされ、真赤に染められた、ブチャラティのスーツ。 その上に乗った、端正な白い顔。 漆黒の瞳を見開き、同じく漆黒の髪に縁取られたその顔は、 夕日に照らされているという言い訳すら通用しない程、真赤に染まっていた。 「・・・・・ぼく、家帰って夕飯作りますんでっ」 すたすたすたすたすた わざとらしい位の早足で、ブチャラティの横を通り過ぎる。 そんなジョルノを、ブチャラティはしっかりと目で追った。 しばらく、ブチャラティは呆けたようにその小さな、若干いかり肩になっている背中を見つめ、 ふっと、愛しさに微笑んだ。 「ジョルノ、ジョルノ」 その背を追う 「ジョルノ、プリンは」 「・・・・いただきますけど、ご飯の後で」 「二つあるんだが」 「・・・・・・・・」 「一緒に食べよう、飯のあと」 「・・ブチャラティ、甘いの好きでしたっけ」 「実はそんなに、でもお前と食べたい」 その言葉に、ぴたりとジョルノの足が止まる。 怒っているかのような後姿に、ブチャラティは息を呑んだ。 勢いよく振り返ったジョルノは、睨むような表情を浮かべ、憎らしそうにブチャラティを見上げる。 「そんなの、プリンに失礼です」 真剣そのものの、青い瞳。 しかし、その唇と頬は、明らかに意地を張っている。 「ぼ、ぼくがふたつとも食べます」 紙袋を握る手に、無意識に力が篭る。 きょとんとした表情の幹部に、本日一番強い青をぶつけると、 「だから、そのかわり、僕のムニエルおかわりして下さい」 みるみるうちに、頬が真赤に染まるのがわかる。 熱を帯び、じんじんと震える頬を震わせ、ジョルノは再び前に向き直ると、 何か言いたげのブチャラティを置いて、ずんずんずん、と重々しく、かつ早足に立ち去ろうとする。 左手のプリンを未だ胸のあたりに掲げたままの体制で、 ブチャラティは再び去ろうとするジョルノの背中を、半ば呆けた表情で見守った。 そしてしばらくすると、今度は声に出して「はは」と笑った。 かわいいひと。 君の小さなコンパスじゃ、俺にはすぐに追いつけちまうよ。 駆け足で、その背を追う。 「今日はムニエルなんだ」 「いいスズキが手に入ったので」 「うまそうだな、ソースは」 「もちろん、レモンバターで」 「多めでお願いしようかな」 「プリンは帰ったらすぐ冷蔵庫入れてくださいね」 「わかってるよ」 「大体炎天下をずっとプリン片手に歩いてたなんて信じられない」 「ずっとって言っても、20分くらいだぞ」 「命取りですよ、しかも生乳!ああ!」 「昨日フーゴに貰ったんだろ」 「ええそうです・・・・ってなんで知ってるんですか」 「フーゴが昨日食べてた、キッチンで」 「へえ・・・一緒に食べればよかったのに」 「ジョルノ、それ本気で言ってるのか?」 「え?何がです?当たり前じゃないですか」 「ああもう、ジョルノ」 「なんですか」 「お前ってやつは・・・ああ、もう」 「なんですか!」 「多分怒ると思うから先に言っておくよ」 「なに」 突然押しつぶされた紙袋から、居場所を失ったトマトがひとつ、あふれ出た。 しかし、それは押しつぶした根本的な原因である男の右手に、見事に納まり、ことなきをえる。 「がまんできなかった、すまない」 唇がやっと離れてから、ジョルノの怒りの鉄槌を受け、しかもプリンおごり1週間の刑を食らったブチャラティは、 「ははは」 なぜか楽しそうに笑っていた。 end. 幸せになってもらいました。ブチャラティ。 最近の扱いがあんまりだったもので。 ブチャラティとジョルノ、馴れ初め話。 ジョルノは素直じゃないから、好きだなんて言わない。 でもこの後、ブチャラティとタイマンで「俺のこと好きか?」攻撃をうけ、 気がついたらもう抜け出せないくらい好きになっちゃってたらいい。 ああ、なんか・・・ブチャラティが普通のハタチだ・・・ てかマンガ描きたい・・・・めっさ暗いのを・・・・初描きブチャがこれかよ |