想っている。 そうじゃない。 ほんとの想いは、 ほんとの言葉の裏っかえし。 うまあく、演じられるかは、腕の見せ所。
「ミスタ、ミスタ、ねぇミスタ」 「ああ、ああ、ああなんだよ」 その次のセリフは知っている 「呼んでみただけです」 ああ、ほら、な。 くすくすくす、と絵に描いたようなかわいらしい声が 俺の背後から風のように舞い込んで、首筋をわざとらしく掠めてゆく。 それだけで、俺の右上半身が、かすかに粟立つ。 もちろん、表情なんて変えない。 それくらい、コントロールできる。 俺は大人だから。 右耳から入り込む欲望と、左耳から入り込む嫉妬が 胸のちょうど真中に呼び寄せられて、混ざるようなイメージ。 そう。そうだ。 しゅわしゅわしゅわと、そう、イメージはサイダーがいい。 青は精神を落ち着ける作用があると、テレビでセラピストが偉そうに言っていた。 小さく一つ息をつけば、さっきの欲情も苛立ちも、全て無かったものとなる。 俺は先ほどと変わらない、落ち着いた俺に。 そう、「温厚」で、「偉大」で、「大人」で、「幹部」な「俺」に。 「おい」 突然自分の世界をジャマされて、思わず俺の眉間に皺が寄る。 しかしそれも最小限に抑え、極めて冷静な声で俺はアバッキオに答える。 だって俺は、「大人」だから。 「・・・なんだ、どうしたアバッキオ」 「おまえ、新聞逆さまだけど」 「・・・・・・・。」 (ああ) 怪訝な顔のアバッキオにあえて視線を合わせず、俺は何気ない顔で新聞を置く。 そして、軽く顔を背ける。 それはアバッキオに問い詰められたくないから、ではない。 視界の隅に入るお前。 俺がこんな間抜けなことをやったというのに。 この、俺が。 こんなつまらないミスをしたっていうのに。 「でね、ミスタ」 お前は楽しげにミスタの耳元に顔を寄せ、 その小さな唇をミスタのためだけに動かしている。 お前はちっとも見ていない。 (カッコ悪いとこ見られずにすんだんだ) いいじゃないか。 俺は床を所在無く見つめながら、そう一人で納得する。 なのに、なんで、どうしてだろう。 こんなにも空っぽな気持ちになるのは。 ジョルノがミスタを慕うようになるまでに、そう時間はかからなかった。 男気溢れ、なにより何事にも実直なミスタの爽快な性格に、 気まぐれで天邪鬼、ひねくれているとすら言えるジョルノが惹かれるのは、もはや宿命だったとも言える 太く包容力と安定に満ちた大樹の根元に、その身を寄せる捨て猫のように。 気がつけば、ジョルノは常にミスタの横に。 いつも、彼らしかわからない秘密の言葉で秘密の会話を繰り広げている。 そんな彼らを「仲いいなあ」と微笑ましく見守るメンバー。 そして、そんな彼らを直視する勇気も無いくせに、 常に視界に納めておきたい、意気地なしな、俺。 だってミスタに何かをささやかれたお前は、 俺には絶対引き出してやれない、太陽みたいな顔で笑うから。 その度に、自身の不甲斐なさに苛立ち、そしてその艶やかな頬に身体が燃える。 誰かの笑顔を見ただけで胸が波立つなんて、ギャングになってからは初めてだった。 ああ触れたい。 ああお前の声が聞きたい。 お前が望むなら、ミスタのように、接することだってできるはず。 でも、お前が求める俺は 「温厚」で、「偉大」で、「大人」で、「幹部」な「俺」だから。 俺はお前の気持ちに蓋をして、今日もまたお前の望む俺になる。 「おい、おまえら。あんまりジャレてんじゃねえぞ。」 そう、冷たく言い放つ。 二人の少し驚いた視線が、俺の横顔に突き刺さる。 「育ち盛りが、よけい腹へっちまうだろ」 そこでタイミングよく顔を傾け、ニッコリと微笑む。 俺のセリフとその笑みに、あいつらは一時の間の後、楽しそうにほくそ笑んだ。 顔を反らし、望まぬ自分を望まれる絶望に、胸の奥が透いてゆくのを感じても、 それでもお前を視界の隅から逃せない、俺。 ------------------------------------ 朝は早い方だ。 今日は朝一番にキッチンへ降り、 幹部自らカフェを淹れて、朝一番に新聞に手を伸ばす。 すると、階段を下りる規則正しい軽い音が聞こえ、俺は顔を上げた。 「あれ、ブチャラティ」 誰が来るかもわかっていたにも関わらず、俺はわざとらしく視線をそらす。 「あ・・・ああ、おはようジョルノ」 「おはようございます。早いですね。」 スッキリとした顔立ちに、金髪を完璧にセットしたジョルノが優しく目を細めて話しかけてきた。 そうなのだ。 俺も朝は早い方だが、ジョルノの方が俺より断然早い。 いつもキッチンでカフェを淹れて朝一の新聞を読むのは、ジョルノと決まっていた。 そのジョルノより早く俺がキッチンに下りてきていることは、確かに非日常的かもしれない。 「ああ・・・昨日ちょっとな」 「眠れなかったんですか?」 「えっ?」 なぜ不眠だったことがバレたのかと、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 たまたま目が覚めてしまっただけかもしれないじゃないか。 「ちょっと、クマが」 そう言って、細く長い指先で、自分の目の下を優しくなぞる。 その仕草にすら欲情を覚える俺は、果てしなく救いようが無いんだろう。 「僕も昨日は眠れなくて」 窓の外を所存無く眺める俺に、ジョルノは構わず話を続ける。 コポコポ、という音が響き、カフェの香りが部屋いっぱいに広がった。 「というか、ミスタが寝かせてくれなかったんですけどね。」 付け加えられたセリフに、少しだけ背筋が伸びた事がばれていないといいのだが。 最も聞きたくなかった言葉。 そして知りたくなかった事実。 不自然に喉が鳴るのを止められなかった。 ジョルノに悟られぬように、しっかりと拳を握り締める。 何度も何度も繰り返し言い聞かせ、でも実行できなかったあの誓い。 『ジョルノのことは忘れろ』 耳元でざわめく「大人」で「幹部」な俺のセリフが、再び脳内に響き渡った。 昨夜からずっとずっと、その脳内の『俺』の叫びが耳元をわずらわせ、 結局眠れなかったのが不眠の実態だ。 そもそも、他に好きな相手がいる人物に不毛な恋心を抱いているこの状況が異常なのだ。 俺になんの脈もないジョルノ。 いたって事務的で、上司としてしか俺を見ていないその態度。 ましてや俺は上司で、お前は部下。 そう、健全じゃあない。 『忘れよう』 珍しく、潔い決断ができたのは、朝方になってからだった。 「お盛んだな」 よし。上出来だ。 「でも、ほどほどにしておけよ。仕事に支障ない程度に。」 自分でもわざとらしい程明るい声で、俺はジョルノのほうに向き直る。 テーブルに置いたままの新聞に手をかけ、開いた。 ばさっと、これまたわざとらしい程大きな音をたてて。 声をかけられた当の本人は、しばし俺の目の前でカフェ片手に立ち止まっていた。 その表情を確認する勇気は、俺にはまだなかった。 読んでもない新聞の文字が、大いに視界を占めている。 しばらくの間のあと、居心地悪そうに身をよじったジョルノが 俺の目の前に腰掛けた。 「・・・何か勘違いされてるようですが、僕とミスタはそういう関係ではありませんよ」 ああ、てめえは。 この期に及んで、シラをきろうとする。 別にもう皆わかっていることなんだから、潔く認めりゃいい。 そうすれば、俺だって団内公認カップルとして認めてやらんでもない。 俺の苦渋の決断を察することのできない、この若造に苛立ちすら覚えた。 同時に、こんな15の少年に煩悩を抱いていた自分に対しても腹が立つ。 「・・・いいんだ。今更隠さなくても。」 「ブチャッ・・・」 「お前らが望むなら公認の仲にしてやってもいいんだ。 でも仕事ではそんなことおくびにも出すんじゃねえぞ。敵の格好の的になるからな。 ミスタの敵がエサにお前を拉致するなんて事、この世界じゃ当たり前にあることなんだ。 わかったらあんな風にイチャつくのは室内だけにして、一歩外に出たら社会人としての自覚をだな・・・」 一気にまくし立てた。 お前の言い訳なんか聞きたくなくて。 一息つくと、静寂があたりを包んだ。 しばらくして、くっく、という小さな声。 どうやらジョルノの堪え笑いであるらしい、という事実に気がつくと、 俺は柄にも無くカッとなるのを感じた。 しかしそんな俺の内なる怒りにすら気がつかない様子のジョルノは、 口元に手をあて、うつむいたまま、しばらく小さな声で笑っていた。 「ふっ・・・ふふ・・・僕、昨日はミスタの部屋で二人でワインを飲んでただけなんですよ」 その声を可愛らしいと想ってしまう自分と、人の気持ちも知らずに笑みをこぼすジョルノの無神経さに はらわたが煮えくりかえるようで、俺はますます新聞に見入るフリをする。 先ほどからどんな記事かなんて読んでないからわからない。 俺とあいつの間に立つこの新聞という壁は、ひどく薄くて脆い。 が、今の俺には重要な壁だった。 「ブチャラティ」 甘い声が俺を呼ぶ。 「なんだ」 「ねえってば、ブチャラティ」 冷たい声に、怖じ気た様子もない。 (お前は俺の、部下なんだ) (部下に注意を促して、何が悪い) (そんな上司を笑いだなんて、お前はなんて・・・) (そうだ、お前のような常識知らず、惚れてなんかいない) (そう、惚れてなぞ) ガサッ。 突然灰色の視界に光が差して、俺は驚いた表情で顔を上げた。 俺とジョルノの間に立つ、唯一の壁は目の前から伸びてきた白い手によって見事に潰されていた。 半分ほど崩れた壁の向こう側から、その白い手の持ち主の微笑みが見えた。 俺は少しだけ、怪訝な顔をする。 「・・・なんだ」 「僕の話を聞いてくれないからです」 「聞いていただろう」 「いいえ、何か違うことを考えていたでしょう」 「・・・新聞を読んでいただけだ。それなのにお前が・・・」 「逆さまの新聞をですか??」 勝ち誇ったかのようなニュアンスに、俺の背筋が今度こそ目にも明らかなほど、ピンと伸びた。 その様子が気に入ったのか、ジョルノは再び口元に笑みを浮かべた。 何か言い訳をしようと、まごつく俺の口元は、こういう時に限ってうまいセリフを吐いてくれない。 誰の目から見ても明らかな動揺に、俺の額には変な汗がういていた。 新聞にかけた手をゆっくりと引っ込めると、とたんに先ほどの笑みがその顔から消える。 丹精な顔に真正面から見据えられ、俺の心臓は跳ね上がった。 怒っているかのようにすら見えるその表情は、人を不安にさせる能力がある。 「・・・考えていたのは、僕のことですか?」 真顔で、キッパリと言い放つその言葉に、俺の視界がグラリとゆがむ。 否定も肯定もできずに黙る俺を、ジョルノはしばらく見つめていた。 言葉こそ発しなかったが、誰の目から見てもそれが無言の肯定である事は明らかだった。 こんな形で想いがバレてしまうとは思わず、俺は絶望と羞恥で途方にくれた。 できるなら、泣くか怒るかしてこの場を逃げてしまいたい。 スティッキーフィンガーズなら、今この場で床に穴を開け、逃亡することだって可能なのだ。 ジョルノのセリフを聞く事が怖いという意気地の無さから、俺はそんな事を考えていた。 ジョルノはしばらく俺の顔を眺めていたが、しばらくすると、その瞳をふっと伏せた。 そしてふっと、再び顔をあげ、真正面から俺を見つめる。 「・・・僕は、あなたのことばかり考えている。」 2度目に見たその顔は、 今にも泣きそうに、苦しげに歪められ、 小さな言葉は、懇願にすら似ていた。 ----------------------------------------- 「ミスタ、ミスタ、ミスタ」 可愛らしく跳ねた語尾で、ジョルノが駆け寄ってくる。 起きたてボサボサの頭で俺は、ジョルノの頭を撫でてやる。 今日もまた、俺の為にだけ微笑み、俺の為だけに秘密の言葉を話す可愛い人。 俺は自然と緩む口元で、「おはようさん、ジョルノ」と言った。 昨夜はワインを二人で随分遅くまで楽しんだ。 二人でいたいという純粋な想いと裏腹に、 酔いに任せて・・・・という下心があったことは否定しない。 が、予想以上に酒に強いジョルノは隙を見せる事なく、 ワインボトルが空になると同時に部屋に引き上げていった。 つまりは、ただたんにこいつの睡眠時間を削ってしまっただけに終わったのだ。 ほんの少しの残念さと罪悪感で、ジョルノの小さなか顔を覗き込む。 意外にも血色は良かった。 「ねえ、聞いてくださいミスタ」 「うん?」 そして、また、いつもみたいにこいつは小さな唇を俺の耳元に寄せて、 俺達にしかわからない秘密の言葉で秘密の会話を始める。 その行為がくすぐったくて、でも気持ちよくて、俺はされるがままに首をかしげた。 が、それは望まぬ言葉だった。 「僕、ブチャラティと恋仲になったんです」 背筋を、冷たいなにかが走りぬける。 ゆっくり、その言葉を咀嚼するかのように反芻すると、 耳元から離れたジョルノが視界の下で恥ずかしそうな表情を浮かべていた。 頬を紅色に染め、細く長い指を口元に当てると、 「ミスタは友達だから教えてあげます。特別ですよ」 とだけ呟き、きびすを返したその背が羽が生えたかのように軽やかで。 俺は呆然と立ちつくすしかできなかった。 俺は、なってやったのに。 お前の望む、「大人」で「男」で「力強く」て「アニキ」な俺に。 最も身近な存在に、なってやったのに。 なのに、お前は、自分から最も遠い存在の、あいつを??? 怒りや戸惑いや悲しさが、俺の胸でごちゃまぜになる。 その時、ジョルノの声が、俺の右耳に飛び込んだ。 「ブチャラティ、ブチャラティ」 先ほどまで俺の耳元で飛び回っていた浮ついた声。 怒りが再び燃え上がる。 想って、想って、想って、想った。 望むものを与えてやったはずだった。 でも結局最後に残ったのは、 直視する勇気も無いくせに、ブチャラティの横で笑うあいつを、 常に視界に納めておきたい。 そんな意気地なしな、俺だった。 Fin. ジョルノと親しくなるために、演じたミスタ。 ジョルノを忘れるために、演じたブチャラティ。 演じず、本心のままに素直に行動するジョルノ。 多分一番悪いのはジョルノだと思う。 珍しく、ミスタ敗北。 |