「僕はねブチャラティ、恋愛こそが最も無駄な行為だと思うんです」 埋めてしまおう、土の中ソファの下テーブルの裏。 知らない、知らない、ふりをして。 それでももし、青い瞳につかまったなら、 ああもうなにも、言わないで。
突然話を切り出したのはジョルノだ。 テーブルの向こう側で、先ほどまでカフェを味わっていたはずの彼は、今はまっすぐな視線をこちらに向けていた。 用済みになったカップの底に、未練がましい茶色い液体が申し訳程度の水溜りを作っている。 適切な反応を即座に返すことのできなかった俺は、時間稼ぎのようにカフェサーバーを軽く持ち上げ傾ける。 「おかわりは結構です。」 ぴしゃりと返された返答に、「そう」とだけつぶやき、俺は自分のカップに淹れたてのカフェをなみなみと注いだ。 「で、いったいいきなりどうしたんだ。」 ゆるゆると線を描く茶色い液体を見つめながら、俺はやっとそう問いかけた。 何かをしながらでないと、そんな問いかけすらできそうもなかった。 カフェが浅い波紋を作り、カップにぶつかっては消えてゆく様を眺める。 満足のいく量を注いでから、サーバーをなるべくゆっくりテーブルに置くと、そのまま視線をジョルノにうつす。 真っ青な宝石とぶつかった。 きらっきらっと光を放つその宝石の下の薄い唇が、きゅっと一文字に結ばれている。 きれいな顔だと、純粋に思う。 「恋愛が無駄だなんて、とても15歳の男児の言うこととは思えないな。何かあったのか。」 「僕を変だと思わないでくださいね。ブチャラティは今まで何人と恋をして、愛をしたか覚えていますか。」 「・・・んっ?」 「ですから、何人と、いえもっと詳しく言えば、何人とキスをして、何人と寝ましたか。何人に愛してると言いましたか」 「おっ、ちょっと待・・・」 「ですから、何人と今まで愛を交わしたんです」 「ジョルノ!」 食ってかかるようなジョルノの言葉を、無理やり制した。 待ってくれのポーズをする俺に、ジョルノは乗り出し気味だった体を今一度ソファに埋めた。 彼らしくもない、投げやりな座り方だった。 なんだ、言いたいことがあるなら聞いてやろうと言いたげな瞳に、俺は逃げるようにカフェを口に運ぶ。 俺も十分、らしくない。 「・・・なに膨れてるんだ。」 「あなたが質問に答えないからです。」 「なんで答える必要があるのかがわからないな。」 「必要なんです、少なくとも今の僕には。」 睨みつけるような視線があまりにも真剣だったので、思わずちらっと頭の片隅で、過去のことを振り返る。 幼くしてギャングに身を投じたせいか、「愛し合った」と呼べるものは数えるほどしかないが、それでもそれなりに真剣なものもあった。 でも所詮自分達はギャング。女に現を抜かす暇なんか無かった。仕事と女を選ばなくてはならない場合は、ためらいもなく女を切った。 思い起こせば、別れ話なんかしたことは無かったかもしれない。 そんな俺の思考を見透かすように、ジョルノは再び身を乗り出し、俺の顔をじっと見つめた。 「なんだジロジロ見て。」 「今思い出してたでしょう?それで、無駄だって思ったでしょう。僕の言わんとすることわかりますよね??」 「いやすまない、さっぱりわからない。」 「わかってくれなくちゃ困るんだ。」 金色の巻き毛をわずらわしそうに揺らして、再びソファに体を埋める。 何が気に入らないのか、髪と同じ色をした長いまつげの下で、青い瞳があちらこちらと揺れている。 そうやってうつむく頬のラインは、やっぱりまだ未熟な15歳の少年を匂わせた。 しかし、「恋愛は無駄」だなんて発言は15歳の少年にしては健康的じゃないじゃないか。 「どうして無駄だと思うんだ。俺だって恋愛について多くを語れるような経験は無いが、無駄だったと思ったことは無かったぞ。」 その言葉にジョルノの体が跳ね上がった。ふりだしと同じ、強い瞳とまっすぐな唇が俺を見上げる。 「だって失礼ですが、結局その経験を共にした方の誰も、今のあなたの隣にはいないじゃないですかブチャラティ。」 俺に今現在恋人がいないことが前提に話していやがる。確かにいないが、ジョルノの言うとおり失礼な話だ。 「確かに側にはいないし、今後側に来ることもないんだろうが、彼女達の存在が俺を精神的に大人にした・・・という精神論じゃ満足しないか。」 「しませんね、自分の時間や金をつぎ込んだにも関わらず手元に残らないものなんて。あまつさえ、抱いたかどうか忘れてしまったような相手なら尚更!」 つまり、犬や猫のように、金を払って時間を費やしたならそのぶんだけ自分のものでなければ全て無駄・・・と言いたいわけだ。 幼稚な発想だ、やっぱり子供か。 (まだ15歳なんだな)という奇妙な安堵が胸をよぎる。 同時に、ジョルノがいまだ恋愛未体験の、夢見がちな少年なんだと認識させられた。 「・・・なにニヤついてるんですか」 「あっ、すまない」 どうしたことか、俺は口元を緩めていたようだ。 15歳らしいジョルノだなんて珍しいものを見て、知らず知らずのうちに微笑ましい気持ちになったのだろうか。 対するジョルノは俺の反応が気に入らなかったらしく、白い額に皺を寄せ、大きな瞳を薄めて俺をねめつけている。 俺はごまかすように手を振りかざすと、年上らしいもっともな表情で見つめ返した。 「ジョルノ、お前そんな考え方じゃ、片思いすらしないつもりか。」 片思いは賭だ。金や時間を費やしても、手に入れられる可能性すら未知数の賭。 先ほどのジョルノの理論じゃ、片思いなんか以ての外だ。 「片思いは、しません。」 潔い返事が返ってきた。 少し困ることを期待していた俺は、期待はずれの反応に苦笑いする。 未成年とは思えない色香の漂う外見と、人並みはずれた強い意志を持っていながら、なんとこいつは初恋すらまだなのだ。 キスだとか寝るだとか、そんな単語を平気な顔してポンポン飛び出させるその口にためらいはないんだろうか。 相手がナランチャだったなら、「それは難儀だな」と頭を撫でてやるんだが、さすがにジョルノにそれはできない。 俺はため息交じりに少し冷えたカフェの入ったカップに、再び指を添える。 テーブルにうつした視線の端に、一瞬ジョルノの口元がよぎった。 「?何か言ったか?」 気のせいか、ジョルノの口元が何か言葉をかたどった気がした。 俺の問いかけにジョルノは答えず、少し右下に視線を泳がせる。その眉間には先ほどよりももっと深い溝が。 何か苦いものを奥歯で噛んでしまったかのような表情に、俺の胸が騒いだ。 これは本能と呼ぶものだ。 俺の本能がサイレンを鳴らしている。 聞いてはいけない。 と。 「僕は片思いはしません、ブチャラティ。」 おもむろに話し始めたジョルノの表情に、少しの憂いが見えて、尚更俺の胸がざわつく。 小さな風が、大きな台風を呼ぶ前兆であるかのように。 聞くな聞くなと脳が騒いでいるのに、不思議と言葉が出ない。その横顔から視線をはずすことができない。 ジョルノの新しい能力か、それでもなけりゃ敵でもいるのかと思わせる程に、体がまったく言うことを聞かない。 ただ静かなジョルノの声が、左の耳から、右の耳から、同じくらいただ静かに流れ込む。 「正確には、片思いをしたことがないんです。」 その表情からは、それが煩わしいのか当然なのか、感情が一切読めない。 「ブチャラティの言うとおり、僕は恋愛どころか片思いにすら適さない男です。 手に入れられるかもわからない、一生を約束されているわけでもない、そんな不確かなものなんて僕にとっては無駄でしかありません。 ましてやそれが人間相手ならば尚更です。あなたと違って、僕は真に人を信じたことや人に希望を抱いたことなんてありません。期待もしたことがありません。 そんな僕が、誰かを愛して、その愛をただひたすら信じるなんて、できるわけがないでしょう。」 一区切りおくと、ジョルノはその瞳を更に細めた。そして今度は自分に言い聞かせるかのように、小さく「そう、できるわけがない」とつぶやく。 俺は、相変わらずただぼんやりとジョルノの横顔を眺めていた。 「誰かを愛したり、信じたりだなんて行為全てが僕にとっては無駄なんです。そこから得られるものより、それにより失うものの方が多いなら無駄なんです。 だから、恋愛は無駄なんです。片思いなんて、尚更無駄。無駄無駄無駄・・・」 しだいに弱まる語尾は終いには音を持たず、ただジョルノの口の中で蠢くだけになった。 小さくかぶりを振るジョルノに、俺はやっと一言返した。 「でもそれは、お前が無駄になることを恐れているだけの言い訳なんじゃないか」 その言葉に、驚いたようにジョルノが顔を上げた。 なぜか非常に驚愕したようなジョルノ以上に、俺のほうが驚いてしまった。 ジョルノの表情は、今まで見たこともないものだった。 少し困ったかのように歪められた眉毛の下で、今までにない程その瞳は大きく見開かれていた。 落ちてしまいそうな青い宝石が、再びきらっきらっと光を放つ。 その下の常にきつく結ばれた唇が、ぽかんと空洞をあけていた。 一般的には、ハトが豆鉄砲食らったような顔、と言うんだろう。 常に冷静沈着で表情の変化に乏しいという印象だったジョルノの、ひどく幼いまなざしに俺は息を呑んだ。 正直、見とれた、といった方がいいんだろう。 そう、見とれていた。 俺はジョルノに見とれていた。 しかし次の瞬間それは小さな恐怖に姿を変える。 ジョルノに、このような表情をさせる威力が、今の言葉のどこにあったのだろう。 そしてその真相を俺は知りたくないと思ってはいないか。 しかし、知らずにはこの場を去れないこともなんとなく感じ取ってはいないか。 「そう、」 小さなつぶやきと共に、ジョルノの口元に笑みが浮かぶ。 あのジョルノに笑みだなんて、俺は今まで一度も見たことがない。 非日常的なものが次々に起こる、これはもはや「異常」なのだ。 そして異常は「よくない」。 俺は何も聞かずにこの場を立ち去るべきなのだ。 とだえた騒音が再び胸元で響き渡る。 わーんわーんわーん、と。大きなエコーを残しながら。 それなのに、足が床に釘打ちされたかのように動かない。 「そう、『彼』もそう言ったんです。」 そうつぶやくと、ジョルノはテーブルに両肘を立て、そっと組んだ両手に顔を寄せた。 口元が隠れるそのしぐさは、まるで恥らうかのようにすら見える。 ジョルノは再びちらりと右下に視線を泳がせ、少しおかしそうに目を細めた。 「彼も、まったく同じことを言いました。僕は恐れているだけなんだと。 失礼極まりないと反論しましたが、彼は笑うんですよ。『そうやって怒る事の方が無駄だ』と。」 そうして、思い出し笑いをひとつ。 心臓を鳴らすわんわんという大きなこだまが、耳元でひどく煩い。 俺は無意識に耳元で手を振っていた。まるで蚊をはらうかのように。 「でもね、ブチャラティ。僕はまだ恋愛は無駄なものだという考えを捨てきれずにいるんです。 でも、それは「知らないからだ」と言われればそうかもしれない。」 そう言うと、ジョルノはゆっくり立ち上がった。 組まれた両手の指がひとつひとつ外れる様子が、俺にはひどくスローモーションに見えていた。 ジョルノはそのまま俺の顔をまっすぐに見つめた。 先ほどの幼さも、含み笑いも何も無い、そこにはいつもの「ジョルノ・ジョバァーナ」がいた。 「先ほども述べた通り、僕は恋愛には適さない男です。ましてや片思いなんて論外でしょう。 でも僕は、それは僕のおごりなんだと笑った彼の手を取った。 それは僕の賭けです。僕の持論をひん曲げてでも、彼に賭けてみようと思った僕の。ある意味では彼への信頼の証でもあります。」 なんだろう。 胸の奥から湧き上がるこの凶暴な感情は。 ただなんでもないはずのその言葉は、ひどく冷徹で邪悪なもののように聞こえるのは気のせいだろうか。 「僕は、信頼には信頼で返します。たとえそれが、残酷なものだとしても」 そう 「たとえ相手があなたであろうとも。」 すぐにはその意味が理解できなくて、俺はゆっくり咀嚼するかのようにその言葉を何度も頭の中で繰り返した。 「得られぬのなら、やっぱりそれは無駄なんです」 「だから、その『無駄』を、今日は僕自ら終わらせにきました。」 気にせず言葉をつむぐジョルノに、気がつけば俺は手を伸ばしていた。 「ブチャラティ、僕はあなたの気持ちに応えられない」 空を掻いた手が、大きな音を立ててテーブルについ立てられた。 衝撃で、安物のカップがカチカチとちゃっちい音を立てる。 サンドストームのようなざわめきが、耳元でザァザァ煩い。 そのとき初めて、俺は「ジョルノの口を塞ごう」と手を伸ばしたのだと気がついた。 真っ青な瞳は一瞬、苦しげに揺れると、きつくそのまま閉じられた。 殴りたければ殴ってくれ、のポーズだろうか。 俺はテーブルに身を乗り出した姿勢のまま、瞬きもできずにジョルノを見つめていた。 じんわりと、理性が状況を把握できたころ、ゆっくりと俺は姿勢を正した。 気がつけばジョルノはもうそこにはいなかった。 ずいぶん長い間ついていたのか、右の手のひらに痺れが走った。 ぼんやりと、こぶしを握り、再び開きを繰り返す。 そして悟る。 ジョルノが、ただの子供なわけがなかったこと。 ボスを倒すだとか途方も無い夢を追うその姿が、ヒーローになりたがる子供のそれとはまったく違っていたこと。 侮っていたのは俺。 俺が、俺自身が気がつくよりも先に、全て見透かされていた。 そして、ああ終わらされた。 ジョルノの言うとおり、『無駄』になんか、なる前に。 fin. 『彼』はミスタ。 ジョルノは太陽みたいなミスタに常に魅了されてればいいと思う。 ブチャはそんなジョルノを見て、やきもきしてるけど大人ぶって表情には出さないといい。 むしろ自分自身がやきもきしてる事すら、気がついてないといい。 今回は、「ジョルノが好きだって事に気がついてないけど、ジョルノは自分が好かれてる事に気がついてる」話。 わかりにくいなぁ。。。そしていまだにキャラがつかめてない。 |